宮原直倁(みやはら なおゆき)顕彰会

   江戸時代中期 備後福山藩の地誌『備陽六郡志』を著した宮原直倁を顕彰する会

 
 
宮原直倁 イラスト
   『なおゆきくん』 ©

福山藩士《宮原直倁(みやはら なおゆき)》

 幼名 与九郎。通称 八郎左衛門。諱は直倁、何有と号し、元禄十六年(1702)、阿部家家臣宮原与五右衛門直重の嫡男として宇都宮に生まれ,若くして医学・測量等の技を習得、享保九年(1724)より福山藩勘定方として出仕しました。同十七年(1732)凶作の検見に際して、苦しみ悩む民衆側に寄り添い卓越した才能を発揮。その後、普請奉行・荒物奉行等を勤める傍ら、三十余年久しきにわたり『備陽六郡志』を編纂しました。

  ・明和五年(1768)致仕
  ・安永五年(1776)十月六日歿
  ・享年75歳 浄土宗圓界山一心寺(現:福山市寺町)にて葬らる
  ・法名 無二直翁倁圓居士



備陽六郡志 写真

《備陽六郡志》

 宮原直倁が備後の深津・安那・芦田・品治・沼隈及び分郡、六郡の支配の沿革や領主の系譜、石高、税、神社、仏閣、古文書、古記録、風俗、文化などについて文献並びに実地見聞し記されいます。歿する安永5年まで書き続けて46巻にまとめ上げた大作です。後世に、儒学者として活躍した「菅茶山」も『福山志料』等を上梓された時に参考にされたといわれ、備後福山の歴史を知るには、必ずこの『備陽六郡志』にたどり着きます。

『備陽六郡志』は平成12年福山市の重要文化財に指定され、原本は一般財団法人義倉(福山市城見町)に所蔵されています


宮原直倁墓石 写真
   改装された宮原直倁の墓石

《宮原直倁顕彰会》

  平成27年末、福山市在住の歴史小説家、藤井登美子氏が宮原直倁を主人公に『草魂の賦』を著され、宮原直倁の名が世に知られることになりました。その流れの中で、宮原直倁の墓が宮原家の菩提寺一心寺(浄土宗)の墓地の無縁仏の中にあるのを、このままでは・・・と知識者の間で声が出るようになりました。一心寺の御住職も常々宮原直倁の墓石を相応しい場所に移転して供養したいとのお気持を強く抱かれておられ、顕彰会をたちあげて墓石の移転事業を進めて行こうとの機運が盛り上がり、平成28年4月1日に『宮原直倁顕彰会』の発足をみることになりました。

<宮原直倁顕彰会 入会の御案内>

 入会して頂いた方には、顕彰会が行う総ての行事についてのお知らせをいたします。毎年、当年12月末までの年会費納付をもって入会とします。翌年1月から3月までの年会費納付は、正式入会を翌年度に繰越とします。

<入会・継続年会費納入の手続き>

郵便局振込用紙により、年会費1,000円を事務局宛、お振り込みください。会員名簿の作成、及び各種御案内状送付等のため、氏名・電話番号等、御連絡先を正確に御記入ください。

 郵便振込先:01330-8-105030  「ビヨウロクグンシ」ノチョシャ ミヤハラ


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